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北九州小倉在住の  【ハウスキーピングDeux】のつぶやき

カテゴリ:旅(ドイツ)( 3 )

旅のよもやま話④

<ドイツ~訂正~>
ドレスデンは1945年2月の爆撃で完全に廃虚となり、
東ドイツになって復興されたのかと思ってたら
統一後に西側の資金で復興できたようなものだという。
東独政府はソ連への賠償と人口流出による国力の弱体化で 
経済的に余裕がなく、復興の速度はとても遅かったとのこと。
今や、西側の”消費主義”に毒されているのではという考えは
穿ち過ぎだったようですね。

旧西ドイツの経済力なしには
かつての美しいドレスデンの再現はとうてい実現できなかった、と。
以上、ドレスデン在住のマイミク(mixiの友人ですね)さんの文章を
一部お借りした訂正でした。

そのマイミクさんから届いた絵葉書。
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後右:ドレスデン雪景色。
但し、あまり雪は降らないという。
後左:エルベ川対岸から見たドレスデン旧市街。紅葉が美しい。
前:ワイマールのニーチェ・アルヒーフ
(現在彼の文献資料があるライブラリーで、彼の終の棲家)でのニーチェのスケッチ。
性病と脳軟化で植物人間状態になった晩年の彼を描いている。

私はニーチェの思想もよく知らないんだけど、
南仏コート・ダ・ジュールのエズという高台にある村(海抜420m)へ行くのに、
1時間の行程の坂道を歩いて上ったことがある。
「地球の歩き方」に由れば、そここそニーチェが「ツァラトゥストラはかく語りき」の構想を
練った道だとか。

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次はどこの国にしようかなぁ(笑)
映画「かもめ食堂」で、片桐はいりがフィンランドに来た理由を語る。
「どっか遠いところに行ってやろうと思って、
世界地図を広げてエイッと指差したところがフィンランドだったんです」
実は私も十代の頃、こんな理由で世界のどこかを旅したかったので、
同じことを考える人がいるんだなと思った。
この場合、原作者の群ようこだけど。
さすがにそれは実現してはいない。
(ちなみにフィンランドには行ったことがない。というか北欧はまだ一度も)

で、この場合どこに行こうかでなく、
行ったどの国のよもやま話を書こうかと迷っているってだけのハナシ。
行った国も多岐に渡るわけじゃないけど。

(Y.F.)
【整理収納アドバイザー Deux】
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by seirisyunou-deux | 2011-10-13 12:56 | 旅(ドイツ) | Trackback | Comments(0)

旅のよもやま話③

<ドイツ~続き~>
パックツアーで訪れた最初のドイツでは、
フランクフルト、ライン川下り、ロマンティック街道めぐり、
ミュンヘン、ノイシュバンシュタイン城・・・
この後は、オーストリアに抜けた。
”日本人しか訪れない”真冬のドイツの、”経験したことない底冷えの寒さ”を堪能した。
レストランが違えど、どこでもザワークラウト&ヴルスト料理には閉口した。
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いくらドイツ料理の定番とは言え・・・

二度目のドイツは気ままなひとり旅で。
フランス⇒ベルギー⇒ルクセンブルグ⇒フランス⇒スイス⇒ドイツ⇒フランスの
ちょこまかしたルートの旅の三日間だけ。
ユーロ以前なのに、換金に煩わしくなかったのかな?

訪れたのはフライブルグ、シュタウフェン、バーデンバーデン。
泊まったのは、環境施策のモデル都市でもあるフライブルグ。
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中心街では通りの両脇に”ベッヒレ”という小川(水路?)があって気持ちよい。
ホテル代は50DM(ドイツマルク)、一泊4500円。
ところが当時のアルバムを開くと、
「意に反して3泊もしちゃったドイツ」とある^^;;;
まだライ麦パンが苦手で、朝はクロワッサンであるべきと頑なだった昔。

そうそう、ポルトガルで知り合ったドイツ人の老紳士に会いにだけ、
訪れたドイツなのだった。
シュタウフェン在住で、ゲーテ・インスティテュートの元教師に再会したくて。
その再会するに至った経緯は恥ずかしくてここに書けない。
あまりに強引で傲慢で無謀な手段で押しかけていったので・・・
私の記憶では既に霧の中だったのだが、
当時の旅日記を読み返して、恥ずかしいことは忘れがちになるんだなと思った。
若いことは時として鉄面皮だ。

当日、シュタウフェンの駅で迎えてくれたのは、ローレンス・オリビエ風伊達紳士だった。
白いパナマ帽子に白いスーツにサングラス。
嬉しくて嬉しくて大感激!

ドイツの南西に位置する小さな田舎町、シュタウフェンに
ドイツ語を学びに13人もの日本人が留学していた。
そんな田舎に行った私自身、物好きだとも思ったが、
今や「世界の果てまで」住んでしまう日本人紹介で番組が成り立つようなので、
物好きとも珍しいとも言えないのか。

第二次大戦に参戦したツワモノは、
街を案内してくれる時に、「今の文化はくずだ」と連発。
目に見えるモノがことごとく、彼にとっては「くず」のようだった。
カメラもジーンズもお嫌いらしかった。
汚いモノが氾濫する世の中にはもう未練がないようだった。
カメラを構えて一枚ご夫婦を撮らせて頂いたが、
やはりこちらを見据えてはくれず、あらぬ方向を見てらした。

(Y.F.)
【整理収納アドバイザー Deux】
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by seirisyunou-deux | 2011-10-08 08:09 | 旅(ドイツ) | Trackback | Comments(0)

旅のよもやま話②

<ドイツ>
ドレスデンからの絵葉書が続いたので、紹介。

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上:ドレスデンのオペラ座、ゼンパーオペラの内装
ウェーバーやワグナーらが活躍した世界的に名高いオペラハウス
中:ドイツ古典文化の象徴、ワイマールの国民劇場
劇場の前の像はゲーテとシラー
下:右手がドレスデンの芸術大学、
左手の宮殿はコーゼルパレス、後ろの丸い屋根の教会はフラウエン教会
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右:カナレットが描いたドレスデン
ドレスデン空港或いはフランクフルトから特急ICEで中央駅に向かった時に
この風景が楽しめるんだとか。
カナレットは18世紀ヴェネチアの風景画家だが数世紀にも渡って。
左:ゼンパーオペラの外観

ドレスデンと言えば、
姉が東ベルリン経由で東ドイツ時代のドレスデン訪問を果たしている。
ベルリンの壁も沈んだ暗い街並みも監視されてるかのような観光も経験済み。
選択の余地なしにあてがわれたホテルには、
日本のある企業のビジネスマンたちも泊まっていたそうだ。
彼らとおしゃべりした時に、英語通訳者のドイツ人女性とその息子がそばにいて、
その20歳そこそこの息子が、後で姉の部屋を訪ねてきたらしい。
”西側の人”と話がしたい、と。
そんな彼と、3年後の’88年、まだベルリンの壁崩壊前にプラハで再会した。
その時は私もいた。
プラハのヤン・フス銅像の前で再会の抱擁。

”西側に行きたい”とすごく自由を渇望していた彼の話に胸が痛んだ。
親戚家族が西側で結婚する時だけは許可が下りるそうで、
もし姉か私が結婚する時は、私らを”親戚”と言い張って”西側”に行くと笑っていた。
願いは果たせず(笑)
しかし彼はまもなく別の過程で堂々と自由に、西側の世界を知ることになる。
東西ドイツの統一で。
今は2児の父でドレスデン近郊の村に住んでいる。
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北朝鮮の金剛山が、もし南にあったら今のような美しさは保てなかっただろう
と言われている。
ドレスデンは統一されてもまだ美しいのだろうか。

(Y.F.)
【整理収納アドバイザー Deux】
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by seirisyunou-deux | 2011-10-05 07:54 | 旅(ドイツ) | Trackback | Comments(0)