There Is No Place Like Home (我が家に勝るものなし)♪

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北九州小倉在住の  【ハウスキーピングDeux】のつぶやき

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日常見る韓国ドラマの中の会話って、何気に「三国志」がらみだったりするのね。
桃園の誓いをボクラもやろう」は
劉備らに倣って、義兄弟の契りを交わそうとすることだし、
名医華佗(かだ)でも治せないだろう」は
曹操付き典医となったお医者さんのこと。
知らなきゃ知らないでスルーと流せるセリフではありますけど(笑)。
 
「三国志」30巻の後は、
「項羽と劉邦」21巻、
「水滸伝」6巻をやはり横山光輝氏のマンガで知識を得た。

以前、家族旅行で「梁山泊」という福岡市早良区の山奥の旅館に
泊まったことがあるのだが(現在閉館)、
このネーミングも「水滸伝」から来ていたんだな。

これをマンガ以外でとなるとキツイかなぁ。
(吉川英治氏との出会いはなくても、ひょっとすると北方健三氏との出会いはあるかも)
とりあえず、彼の本はここら辺でピリオドを打つ。
古代~中世の中国史は面白い、と思っただけでもうけもの。
夢中になったこれらを終えたことで、
これからの本のカウントは急激に緩やかなカーブになるだろうな。

久しぶりに旅エッセイを数冊。
バックパッカーのバイブル、沢木耕太郎氏の「深夜特急」を書くに至ったというか、
その旅を敢行するに至った前振りや後日談などを、
旅から40年弱になろうとしている時に改めて掘り起こした、
深夜特急ノート 旅する力」。
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もうひとつの旅エッセイ「一号線を北上せよ」のサイン会では、
これから半年間一人旅をしようと計画する若い女性から訊かれたエピソードを。
「なんとなく行きたくないような気もするんです。もう行くのをやめちゃおうかなって。
へんですよね」。

あ、私もそれ思った!二十年以上前の一人旅で。福岡空港で。
一人だと、行っても行かなくても誰も困らないじゃないかと、
福岡空港で気持ちが後ずさったことが、急に蘇って来たのだった。
すると、沢木氏は「少しもへんじゃないよ。ぼくも旅に出る前はいつもそんな気持ちになるからね」。
さらに「旅に出てしまえば、旅の中にすぐ入っていってしまうと思うよ」。

あ、なるほど。みんなもそういう思いを振り切って出発するのね。
「誰か背中を押してくれー」と思ったもの。

その「一号線を北上せよ」を次に。
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ちょっと贅沢なホテルに泊まれるようになった以外は、
「深夜特急」と同じような旅のスタイルを貫いている。
ただ、ヴェトナムの「一号線を北上する」旅の過程で、
「経済的旅行」を強いられていることで醜く争いながら旅行をしている
欧米のバックパッカーたちより、
日本の団体旅行者たちのことを「いいなぁ」と思い始めるようになった、
心境の変化がみられる。
「旅の果実は、彼らの歩く道により多く転がっているのではないだろうか・・・」

私自身、後何回海外に出られるだろうかと心配が時々むくむく湧いてくる歳だし、
若さ故の無謀さだけで乗り切っていた昔と心境が違うのは当然。

「旅の神は私を見捨てなかった。
いやな印象を抱いたままホイアンをあとにさせなかった」
私も”沢木氏におけるホイアン”はいっぱいあるのだが、
歳月の風化はそこをいい思い出に留める働きをしてくれるようだ。
あそこもここもいやな思い出が先に蘇ってくるのであれば、次なる旅に踏み出せない。
となると、旅の神はずっと見守ってくれているのだろうか。

そう言えば昔、沢木氏からポストカードを頂いていたような・・・
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と探してみたらありました。
「深夜特急第3便」の中に挟んであったハガキに感想書いて送ったかなんか、だったのかな?
新潮社からの料金後納郵便であり、日付スタンプもなく、いつのか不明。

それと、二~三十代の頃、あれだけ抱腹絶倒しながら読んでいた、
S氏の旅エッセイも読んでみた。
驚いたことに、文章が頭に入ってこなくて、
ついには「どの章でもカモーン」とアトランダムに読み始めたけど、早々とギブアップ。
これも歳月のせいだろうか?

(Y.F.)
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by seirisyunou-deux | 2015-03-18 10:00 | | Trackback | Comments(0)

実家を片付ける②

キッチンの収納庫。
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ラベリングした通りのモノを入れている。
上:指定ゴミ袋、排水口用ネット、ラップ&ホイル
中:ビニール袋小
下:根菜類
こういう生活用品は、服や衣料小物の個人所有物と違って、
「一緒に片付けようよ」でもなく、私ひとりで進めた。

食品収納庫もこんな風。
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コの字ラックはずっとあるのだが、そこに重ねて置いてるだけだったので、
栄養ドリンクの空き箱利用でカテゴライズ。
実家だと100均の収納小物を買う手間も面倒で、
こんな廃品利用ばかりだが、
それで「オシャレじゃない」とのクレームもなく、食品の分別ができれば可。

洗面台の下。
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コの字ラックが不要なほど、モノがないなぁ。

同じく洗面所にある箪笥のひとつの引き出し。
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下着の上下をそれぞれの引き出しにし、
夏、合物、冬・・・とざっくり分けて、引き出し入口にラベリング。
本人が出し入れしやすいようにが目的だが、
本人の入院などで、子供たちが下着の用意をすることもある。
つまり「誰が見てもわかる指定席」作りだ。

大事な通帳や印鑑、書類関係は、まだ母親が管理しているが、
その「家財一覧」は私がエクセル化して、年一で更新している。

家族間の「情報開示&共有」って大事なのだが、
母も最初は気持ちの上で抵抗があったらしい。
でもだんだん弱っていく自分に自信を失いそうで、
通帳や持ち株などの「家財一覧」を伝えてくれた。
伝えられる子供たちも、時間を作って向き合っていく姿勢が必要だ。

一方的な「捨てたら」「片付けたら」は禁句なのだとか。
もちろん実家を片付ける以前に、自分の家を片付けていないと
説得感はないし。

片づけとは関係ないが、要支援認定を受けたことで、
玄関から門扉そばの新聞受けまでの、本人曰く「長い」道に、
手すりを1割負担で設置することができた。
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それと玄関の踏み台と手摺も。
本人が不便を強いられていたことなど、
この設置で気づいたくらい。
こちらも頭が回らないことがある。
お互い元気なうちにいくつもの「難関」に
対処していかなくちゃね。
一方が不在(気持ちも体も)なら進むものも進まないからだ。

(Y.F.)
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by seirisyunou-deux | 2015-03-13 09:51 | 整理収納 | Trackback | Comments(0)

実家を片付ける①

今まで数軒の高齢者のお宅で仕事をする機会があったが、
(幸運ながら)相対的に実家は片付いていた。
亡くなった父も、まだ健在の母も
神経質に片付けることもなかった反面、それほど散らかし屋でもない。
情報に踊らされない世代だが、ただ「もったいないから」と
使えないモノをずっと取っておくタイプでもなく、淡泊な性格でもあったのが幸いした。

父の趣味は釣りと読書。
母は洋裁を80歳過ぎてまでも、趣味で教えていた。
その「趣味」もマニアックな領域には及ばず、
釣り道具は母が知り合いに声をかけてプレゼント、
本は図書館にほぼ寄贈した。
母の手作りの服や、完成に至らなかった布や小物もどんどん減る一方。
虫に喰われた上等のカシミアのセーターなど、
穴を指摘すると未練も反省(?)もなく処分するような、
あっさりした性格だから、こちらも弾みがつくかな。

つまり家の中はモノだらけだった、床にあるモノで躓いた・・・という記憶はない。
しかし、義母の家やクライアントのお宅を見た時は、
ウチは救いがあった方だったのだと思うに至った。
要支援認定を受け、去年12月からヘルパーが週一入ることになったが、
ヘルパーさんはウチ、ラクだろうな、と。
私が行っている一軒のお宅、片付ける気が全然なく(入って4か月何も変わっていない)、
子供たちがきっと大変な労力で片付けることになると思われる。
亡くなった義母の家も思わず声を上げてしまう、強力なパワーを放っていた。
家具の前に家具(タンスの前に鏡台)、ベランダに捨てきれない食器棚に食器・・・等々。

父の死後、母が近所に声かけたりして少しずつ父のモノを処分してくれた。
順番通りにいけば、次の母の死後私たち子供にモノの処分が掛かってくるが、もう大丈夫。
父親の死から11年経ち、その間母のモノを管理するようになったから。
二親いた時より確実に、モノのあり場所は把握した。
さらに整理に立会い、収納を母親のしやすいようにシステム化した。

例えば一階のリフォームを機に、二階に移動した古い着物箪笥。
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一緒に全部出して、小物はまとめ、着物も季節別、種類別に分けた。
ふたつあるウチの右側は空っぽ状態。
処分するほどスペースに困っていないので、家を処分する時に出すことになるだろう。

着物も子供たちが受け継がないのが主流になっていて、
ある年代の着物がリサイクルショップに大量に持ち込まれることになるので、
すっごく安く叩かれるという。
母親も親戚や知り合いにあげた後、ショップに来てもらって、
二段階で持って行ってもらったという。
ついに「残り物」ばかりになったが、それでも箪笥の左はフルだ。

キッチンの写真。
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築40年以上で、リフォームも一度しただけの何の変哲もない古いキッチン。
が、掛値なしの現状風景。
ピシーッと片付いているわけでもないが、床にもモノがなく、テーブルも広々。

客先でひとり食べるだけのスペースしかないテーブルをいつも見ているだけに。。。
保存食を作って、人に分けるのが趣味とかだったらそれこそモノだらけだ。
樽や一升瓶や、いつか出番があるだろうと取っておく夥しい容器の数々。
そんなお宅等に比べたらすっきりしている方だ。

写真の右上の収納庫も、長年の家の歪みで開きにくく、
中身を出して、使い道があれば下に移動、それ以外は処分して長い。
母が椅子を使ってまで上を覗くこと自体が危険だと思った時に。
引き出物の数々もついに日の目を見ないまま、シミやサビが出来ていたりして処分。

冷蔵庫もいつもガラーン。
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ひとり暮らしになってから、なるべく量を増やさないように、早く片付けるように・・・を
実践して来た結果のようだ。
買い物もカタログ買いが大半を占めるが、
これだけは母親が頭をフル回転させながらこなしている食事計画。
一番上の左側は、北九州でも配布している、福岡市版「安心情報キット」だ。
本人が話せない状態の時に、
かけつけたよその人が、本人の病歴や連絡先を知る手がかりとなる。
冷蔵庫がいっぱいだったら、奥深くに埋もれているだろうに、
スカスカなので、一目瞭然(笑)。
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「冷蔵庫に入ってますよ~」のお知らせを、扉にマグネットで。

(Y.F.)
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by seirisyunou-deux | 2015-03-11 21:03 | 整理収納 | Trackback | Comments(0)

インド映画二本立て

インド映画を最初に知ったのはサタジット・ライの「大河」シリーズだが、
カンヌ映画祭の賞を取ったからって、インド人には全く受けない映画という。
その後「ムトゥ踊るマハラジャ」のマサラムービーが日本に入ってきて、
インド人が求めている映画がわかった。
「きっとうまくいく」に踏襲される、ハッピーヴァイルス出まくりの映画が好きなんだ。
映画館に現実を直視しに行く人なんかいない、現実を忘れる為に行くんだな。

日本に輸入されるインド映画は極力行くようにしている。
インドには多分もう行かないと思うが、
文化にはずっと接していたいので。

去年年末に見た「マダム・イン・ニューヨーク」は、インドからニューヨークに舞台は飛ぶが、
この中に出てくるお菓子ラドゥには魅せられた。
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「どんな味だろう?」・・・そんな好奇心を昭和館は解消してくれた。
館主の樋口さんは小倉のインド料理店に電話しまくって、
ラドゥの再現を頼んだら、一軒だけ快諾してくれた店があったという。
1個150円。キャンディのように1個ずつくるんで。
ひよこ豆の粉が原料らしいが、そもそも食べたことないので、
インドではお祝いの席などでとてもポピュラーなお菓子らしいが、
初めての味。甘みも抑えてあり、なかなか美味しい。
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さて、今日見た二本立て(ここからが本題(笑))。

めぐり逢わせのお弁当」(’13)
これはインド映画をまだ一度も見たことがない人にはオススメだなぁ。
サタジット・ライのシビアさも、マサラ・ムービーの突拍子のなさもない(笑)
「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」の成人した主人公役が
ここでは人生に疲れ、人間関係さえ拒絶している、
早期退職を願うやもめ男を演じている。
かと言って退職後の青写真などない。
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夫へのお弁当が見知らぬ彼に間違って配達される、まだ若い主婦も
夫とは気持ちを通じ合わせず、
「貧しくても幸福度の高いブータンに移住したい」と投げやりとも思える想いを持つ。

ハッピーヴァイルスは出ていそうで出ていないのよ。
ああいう終わり方がヨーロッパで人気、というのもわかる。

舞台はムンバイ。人口は1,200万人強。
ハーバード大学やイギリス王室も驚いたという、
お弁当配達システム
みんな出勤時に持っていかず、弁当配達人が店や自宅と契約し、
一か所に集めて、各職場に配達!
食後は又、一か所に集められて、店なり自宅なりにバック。
この大都会で!
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タイでも見かけたステンレス製のお弁当が規格なので、これを布製カバーに入れて、
その持ち手を自転車にかけて配達。

しかし。会計事務所?みたいな職場と思われるけど、
机にパソコンも電話もないのよ。
紙ベースで、電卓はじきながら、定規で線を引いたり。
お弁当の配達人はカーストが違うのか、
誰も配達へのお礼を言わない。「お疲れ様」「ありがとう」の一言も。
というか見向きもしない。
ふーん、それがインド社会なの?



バルフィ!人生に唄えば」(’13)
インド東北部のダージリンがほぼ舞台となるが(途中コルカタにも飛ぶ)、
この近くがブータンでもある。ブータンは隣国なのね。
イギリスの植民地時代、イギリス人の避暑地としてにぎわっていた、
というから映画でも長袖を着ている。

「めぐり逢わせのお弁当」ではどこも人、人、人だらけの大都会に対し、
ここは紅茶畑が広がる、息が付ける人の少なさがある。
インドは広いなぁ。

”INTERMISSION”があったくらい、長~い映画。
しかも主人公が生まれつき耳が聞こえず、話すこともできないマーフィ(バルフィ)。
会話が乏しく、前半夢の国に二度ほど行ってきた(笑)

ハリウッドのスラップスティック・コメディにも似たシーンがいくつか。
チャップリンへのオマージュとも思える、主人公が体を張った笑わせるシーン。

「マダム・イン・ニューヨーク」では、
シュリデヴィという超美人の中年女優が主役だったが、
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ここでもイリヤーナー・デクルーズの超美人なことと言ったら!
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女優はキレイなのに、男優がね・・・

(Y.F.)
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by seirisyunou-deux | 2015-03-02 20:04 | 映画(昭和館) | Trackback | Comments(0)