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北九州小倉在住の  【ハウスキーピングDeux】のつぶやき

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地元のことなのに知らなかったことは恥じ入ることだけど、
北九州市ゆかりの作家林芙美子にちなんだ、
林芙美子文学賞というのがあって、今年二回目だそうだ。
その表彰式&記念トークに当選したので行って来た。

以前「自分史文学賞」ってのが北九州市主催であってたのは知ってたけど、
それもいつの間にか・・・消滅?
ググってみたら平成23年度で終わっていた。
若松出身の作家火野葦平氏の三男であり、
火野葦平旧居の管理人でもある玉井史太郎氏が大賞を取った時の
授賞式など参加した記憶あるけどね。
選考委員のひとりである津村節子氏と同じエレベーターに
乗り合わせて会場に向かったこともありましたっけ。
いつの間にか応募数も減って、消滅ってことね。多分。

なんとか市の文化遺産を継続しようと、
次の「賞」を作り出したってところかな。多分。
去年の第一回を取りこぼしていたことは悔しい。
3名の選考委員のひとりである、角田光代氏の飼い猫ブログ「トトほほ日記」を
いつも拝見しているのだが、去年の今頃もこちらに来られていたようだ。
2013年も「林芙美子展」のトークショーで訪問、リバーウォーク周辺を散策とある。
ああ、残念!
と言っても、角田光代氏をその頃からお慕いしてたわけじゃないから仕方ないけど。

さらに昨日は、
「今朝TOTOまで紫川沿いをジョギングしました。
ウチの近所にも川があるけど、川幅は狭いし、こっちの方が気持ちよかった」とのこと。
桜の頃ならさらに感激もあったでしょう。
毎回北九州の魅力に気づいてもらえたら嬉しい。

昨日も休憩中に芸術劇場中ホールロビーから外を眺めたのだが、
ちょうど八坂神社と小倉城を東から西に眺める形で、
その緑と天守閣と壁とお濠の「たたずまいや構成」が美しくて惚れ惚れした。

で、「作家の生活」というテーマでお三方に語って頂くのだが、
角田氏の感情の揺れ幅がそんなになさそうな話し方で、
「7時から地元なり、都会で飲む為に、
書く仕事を9時5時(9:00-17:00)と決めて、
キッチリ5時には切り上げる」というのが面白かった。
お弁当も作って、仕事場でひとりで12時になると食べるんでしょう。
ブログでもほぼ毎日「飲む」ことが綴られている。

他の選考委員は・・・
井上荒野氏。
4人の女流作家のアンソロジー「チーズと塩と豆と」のイタリア編を手掛けてあった。
角田光代氏のスペイン編の次に好きだった。
今のところ読んだのこれだけ。
父は故井上光晴氏というが、すみません、一冊も読んだことなし。。。
古本屋を営む旦那さんと猫二匹の生活という。

川上未映子氏。
3人の中で一番若くて、一番トーカティブ(おしゃべり)。
彼女のおかげで、飲み屋でのおしゃべりの延長、みたいな感じも。
一番左にいる司会の北九州市立文学館館長を無視したシーンもあって。
彼女のはエッセイ「人生が用意するもの」を読んだだけ。
大阪出身で同業者と結婚、子持ちであるってのがわかっただけ。
「誕生日おめでとう」というのが解せなかった、
一歳年を取ることは死に向かっていくことだから、なんでめでたいのか・・・
と昨日も語っていたが、そんな内容がエッセイにも盛り込まれいた。
ちょっと厭世的な思考は、「江國(香織)さんにも似てるね」と井上氏。

料理ギライらしい川上氏、
365日のうち、360日はスパゲティのランチ、ペペロンチーノはすごく簡単だし、
というのが頭に残ってたのか、今日のランチはペペロンチーノにした(笑)
刺激をもらってきたぞ~と、さっそく実行したのがコレか。。。(苦笑)
でも、さらに本をいっぱい読むぞーとも決意した。
異口同音で「好きな作家」として挙げていた桐野夏生氏も
一冊も読んだことないしね。

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by seirisyunou-deux | 2016-02-28 15:59 | | Trackback | Comments(0)
最近あちこちで長い間保存していたおひなさまを解禁、展示するところが増えている。
飯塚、佐賀、日田、吉井・・・と温泉とのセットでお雛様を見に出かけていたのだが、
「北九州」でググると、「門司港レトロ地区」がヒットした。
温泉なしでお雛様だけを愛でに出かけた。

三宜楼(さんきろう)という昭和初期の料亭が近年リニューアルオープンしたのだが、
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そこのおひなさまは28日(日)のみ解禁とかで残念ながらパス。
関門海峡ミュージアムと
旧門司三井倶楽部の展示物をメインに見て来た。
それと松永文庫(旧大連航路上屋)はサブで。

昨日の午前中はまだ雨が残っていて、観光客もまばら。
門司港レトロとして売り出す前はどんなだったんだろうと
想像も出来ない位、すっかり定着した。
結婚前に福岡から家族旅行で来たのが最初かな。
当時はあちこちにある原っぱのどこにでも駐車可・・・だった。

天気がよければ関門海峡沿いの散歩はサイコーに気分がよい。
ザ・モントンテラス門司港なんていう結婚式場が海峡沿いに出来てた。
関門海峡ミュージアムはそのすぐそば。

仁川のジャージャー麺ミュージアムやソウル歴史博物館などで見られる、
大正ロマンあたりの風景の書き割りを前に人型が。
当時の生活を偲ぶ。
一番奥のスペースにおひなさまをディスプレイ。
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お雛様お着替えセットのおもちゃがひとつひとつ可愛い。
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そこから道路をはさんですぐのところの建物の1Fに松永文庫があるそうな。
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門司在住の松永氏とは2度程お会いしたことがある。
最初は毎日文化センター(現在閉館)主催の「北九州の映画関連のスポットめぐり」
(正式名称に非ず)で。
佐々部清監督の「カーテンコール」のロケ地である映画館を訪ねたり、
門司、黒崎、若松の今は亡き映画館の足跡を辿ったり・・・という一日ツアー。
そのガイド役だった。
二度目は若松の料亭「金鍋」で催された、阪東妻三郎も出ていたトーキー映画上映会で。
石炭の積み出しが出て来たのだが・・・とにかく筑豊炭鉱を舞台にした映画。
そのイベントでも挨拶をされていた。
いつか松永文庫行ってみたいなと思っていたところ、
個人の所蔵物を市に寄付された結果、このレトロ地区で見ることが出来たのだった。

1階の右手奥にある資料コーナーに足を向けて、びっくり&コーフン!
つい先日見たばかりの「この天の虹」のポスターが入口に。
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映画講座@朝カルのメンバーはDVDコレクターが多いのだが、
そのひとりから回って来たDVDだったのだ。
木下惠介監督モノとは言え、全く知らなかった映画。
八幡製鉄所が「黄金期」だった頃ので、妙に国策宣伝映画っぽくて、
ストーリーは付けたしみたいで、純粋な映画の出来としては・・・?なのだが。
八幡駅、高炉台公園、大谷体育館、製鉄病院、河内貯水池など
馴染みのある風景が・・・
先日の新聞にも掲載された「西南女学院 河内研修所」がその昔は製鉄所のでもあったんだな。

壁には洋の東西問わず貼られたポスターでいっぱい。
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ラストは門司港レトロ地区でしたねー

ランチは「門司港茶寮」で焼きカレー。
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この裏手にある旧三井倶楽部の1Fで「さげもん展」が。
「さげもん」は福岡県柳川市に伝わる風習で、吊るし飾りのこと。
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女児の生まれた家庭では、その一生の幸せを願いコツコツと作ってたんでしょう。
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一緒に行った友人の娘さんもずっと体育系で無縁な手芸だったのに、
去年出産してからこういうものを作り始めたのだという。
気持ちがすっと向くんだろーな。
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ウチは姉妹ふたりだったので、七段位のお雛様を飾っていた。
大きくなって小屋に仕舞ってあったのを、「首が取れてる」「着物に穴が開いてる」「カビ臭い~」
とどーんと処分した記憶もしっかり。
今やどこぞに飾ってあるのを出かけて行って見るしかなくなった。
ちょっと寂しい感あり。

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by seirisyunou-deux | 2016-02-24 13:05 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

どんどん処分したくなる

寒波到来すると外出したくなくなる。
でもテレビ視聴や読書などもずっと続けてはいられないので、
こんな時こそ、運動兼ねて整理整頓!
押入れやクローゼットや整理タンスの引き出しを開けては、
何か整理するとこあるかしら。。。?



叔母の死去でいとこが実家を整理する為に、
月に一回遠方から通っている。
定期的な基本料金の光熱費、固定資産税に加え、
近所の目もあるので植木代、さらに先月の大寒波で水道管破裂の為、
水道管修理工事代・・・・
人の住まなくなった家、死去から一年をめどに更地にする予定だとは言え、
それまでは何かと維持費がかかることだろう。

叔母が集めていた切手コレクションも業者を家に呼んで、
額面6万円近くあったモノを3万円で買い取ってもらったのだとか。
飛行機代が浮いたと喜んでいた。
あー、古切手は郵便局への持ち込みは出来ないのね~知らなかった。
相方は今でこそ集めてないけど、
小学生の時から集めていた切手がある。
これもいつかは・・・現金に替えようっと^^ いくらになるかな~^^
又、葬儀社のサービスの一環で、本人の着物のリサイクルをしてくれるので、
近日中に見てもらうという。
観葉植物は隣家であるウチの実家が引き取ることを早々宣言!

クライアントの話だが、
小倉の街中でありながら、
日中は鍵もかけずに買い物に行く・・・という
隣近所が密集密着したエリアに住んでいる。
「絵を買って下さい。絵具代が足りないんです」と言う、
怪しげな絵描きの押し売りにも同情して買ってしまった過去もあるという。
そんなお宅に直接電話があり、
「不用品を回収します」と。
亡くなったご主人の服、靴、時計など、子供たちすら受け取り拒否したモノが
いっぱいあって処分したかったので、いい機会だと。
回収車が走っているのを止めて持って行ってもらうのではなく、
どこで知ったのか電話してきてお伺いするので・・・というのが怪しいが。
「その時は財布は絶対に出さないでくださいね。」と念を押したのだが。。。

他のクライアントも、不要な貴金属を12万円で引き取ってもらって、
まるでサプライズな小遣いのように嬉しがったという話、
元々の値段を考えたら、絶対損していると思います・・・と担当ヘルパーさん。

あるモノを処分したく思う。
そして一方はそのモノを探している状況。
双方の利益が合えば、「機を見るに敏」とばかり売り買いが生じる。
私にもいずれ実家を処分する日が遠からず訪れるだろう。
「一括処分で(例えば)百万円」なら話は早いだろうが、
その中に潜む大事な形見ともなる品(あればの話だが)も一緒に処分・・・は避けたい。


・ 
と、周りのいろいろな話も胸に留め置きながら、
自宅のこまごましたモノの処分に励む。
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旅好きな私だが、20世紀に定期購読していた「旅行人」も最後の処分を。
以前何十冊も処分していたのだが、最後の6冊は特集号で厚みがあったのだ。
ただそれだけでキープして、以前の処分後も一ページも開かなかった。
他にも、やはり前世紀の「ノンノ」「アンアン」の旅特集の切り抜きも。
「旅情報は年々更新するので、取っておいても意味がない」と
私がここに書かなかったか?!
それなのにまだあることはある。実は韓国やフランスの旅情報は古いものも残してある。
「好きな国」に対するトキメキ度で、捨てなくてもいいと判断して(勝手ながら;;;)。

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by seirisyunou-deux | 2016-02-17 12:16 | 整理収納 | Trackback | Comments(0)
昭和館館主樋口さんに以前「アジア映画をいっぱい見たいなぁ」と
口頭でリクエストしたことがあったのだ。
台湾の「セディック・パレ」でも、
韓国の「国際市場で逢いましょう」でも、
インド映画でも、
イラン映画でも・・・

国際市場で逢いましょう」はまだ新作なので難しいですね、と言われたのは去年の夏頃。
約半年後、やっと昭和館で上映!
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「動員1,410万人を超え韓国映画歴代2位」だって。
「どれほど良質な映画か」は自分の眼で確かめて・・・と思っていただけで、
まさかユノがナム・ジン役で出てるなんて知らなかった!
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(Wikiによればナム・ジンは1968年に海兵隊に入隊しベトナム戦争へ参戦したそうだ)

監督がユノを起用した3つの理由:
①トップスターであること
②全羅道の方言が話せること
➂人間性がいいこと
だって。

だったら、私がこの映画を推す3つの理由:
①ユノが出ていたこと
②あちこちに有名人が若かりし頃で出ていること
➂韓国現代史が手に取るようにわかる泣ける大河ドラマであること

ベトナム戦争のロケ地はタイだったそうだが、
監督によればタイや日本のファンたちが300人ほど見学に来ていたとか。
そこまでのファンでもないので、彼のまなざしを映画の中で認識すると、
それからは嬉しくて嬉しくてぇ。
往年の歌手ナム・ジンの全盛時代は知らないけど、
님과함께(あなたと一緒に)」なら知ってる。
韓国ドラマ「あの青い草原の上で」の主題歌でもある。
それをユノが口ずさむと、
「それ、韓国でヒットしますよ」とファン・ジョンミン扮する主人公ドクスに言わせる。


他にも有名人が出ていた。若かりし頃でね。
現代(ヒュンダイ)の創始者鄭周永、
デザイナーの故アンドレ・キム、
韓国相撲シルムのイ・マンギ。

国際市場はプサンへ遊びに行く時には、ほぼ足を向ける市場。
チャガルチ市場の目と鼻の先で、
PIFF(釜山国際映画祭)に参加した各国の映画人の手形がある広場や、
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チョッパル(豚足)通りってのもある。
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ここで「コップンの店」を営む家族たち。
朝鮮戦争の混乱期、「釜山のコップンの店を訪ねること」の父との約束があった。
いつどんな時に、北で生き別れた父や妹が探し出すかわからない、
だからこそこの店の看板は時代が変わろうとも外せない。

ドイツの炭鉱へ出稼ぎしたり、ベトナム戦争に出兵したりと苦労するのだが、
何より離散家族の再会プロジェクトの為に、ソウルへ上京してテレビ番組に出るところが
一番胸を打つ。
韓国人の友人が大学時代のバイトで、
この再会プロジェクトに関わったという話をここで思い出した。
生き別れた親子、兄弟姉妹がそれぞれ当時の状況や形見を確認し合う。
確認するまでもなく、その顔かたちがもうそっくりなら、
それだけで泣けて泣けて・・・という話だった。

その具体的な番組進行を、ここで確認したのだった。
主人公ドクスも「父と妹探し」で登録し、ホテルで待機する。
父かも知れないと電話があり、スタジオに戻って出演、だが相手とは姓が違った。
次は妹かも知れない女性がロサンジェルスにいます、と衛星中継でつなぐ。
相手はほぼ英語で、通訳なしには会話が成り立たない。
それでも首の後ろのホクロ、兄の背中におぶさっていた時の兄の言葉、
そして当時着ていた服が決定的な証拠となり、妹と判明した。
滂沱の涙・・・彼らも、私も。そして館内も。

国際市場の写真を探す中で、まだ東方神起は5人だった頃の写真も。
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今日のカップリングは、ユチョン主演の「海にかかる霧」。
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ユチョン主演でなかったら、多分日本公開にはならなかったのでは。
日本公開に向けた出演者たち一列になっての挨拶も最初にあって。
イ・ヒジュンは参加できなかったとキム・サンホが言う。
そう、出てる役者さんたちは曲者ぞろいだし、
アカデミー賞外国映画賞の韓国代表作だった。
ただ、救いのない、「誰もいなくなった」状態の映画でね。実話だそうだが。
キム・ユンソクのでかすぎな顔が気になった;;

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by seirisyunou-deux | 2016-02-03 20:31 | 映画(昭和館) | Trackback | Comments(0)