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北九州小倉在住の  【ハウスキーピングDeux】のつぶやき

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最後の朝食。
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プーシキン(エカテリーナ宮殿のある町)から戻って来る時にも見たレーニン像。
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サンクトっ子は「タクシーを止めているレーニン」と揶揄するそう。
ソ連崩壊時、レーニン像が倒されたニュースを見たけど、ここには残っているのか。
「YAHOO!知恵袋」によればベストアンサーは「あまりに多くて壊すのに飽きたから」だとか。
悪の代表格はスターリンであってレーニンではないから、だって。
スターリンの像はそれこぞ一個も残ってないのね。
やたらと像作るからだよー(笑)

そして「レニングラード攻防戦」を戦い抜いた英雄たちの像も。
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これは誇らしく永遠に残るわね。

ホテルから30分程でプルコヴォ空港へ。
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空港内の標識はロシア語以外は英語と中国語。
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街中でも見かけたが、やはり一時は社会主義同士だった為、中国語が。
「100年前はラスプーチン、今はプーチン、100年後はチン(陳)」。
(ラスプーチンは最後のロシア皇帝に取り入った怪僧)
「池上彰のそこが知りたい!ロシア」に載っていたアネクドートだが、
経済的に中国に依存しているからこそなのかな。

モスクワ行きの出発が12:40。
時間に余裕があり、ルーブルも残っているので、
一番奥のバーガー屋さんでソフトクリームを食べた。
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その写真にも「你好(ニイハオ)」が写っていた。

空港で見かけた、スーツケースぐるぐるビニールテープ巻き。
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中身を盗まれないようにする対処法で、有料の機械で巻くそう。
無事手元に戻って来たとして、それを剥がすの大変そう。
っていうか、X線コントロールで何か怪しげなモノが見つかったら、
ぐるぐる巻きもあっさり解除されるのかな?
私はあの一番小さいスーツケース、
外ポケットに帽子と傘をついうっかり刺し込んだまま預けたが、成田では無事でしたよ~

サンクト⇒モスクワ間の1時間半のフライトでも軽食が出た。
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あなたはピョートル一世?スーツケース持ってどこかへ旅行でも?
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ゴミ分別されているのはいい。
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次回(いつ?)はフィンランドとカップリングでサンクトペテルブルクを再訪したいなー
サンクトペテルブルクの緯度が 59度56分、
そしてフィンランドの首都ヘルシンキが60度10分なのだ。
これを知っただけで、ヘルシンキに行きたくなった(笑)
さらに北を目指したいーっ。
「二度目の旅シリーズ フィンランド@NHK」見て、あのまったり感がいい。
モスクワとは人口密度が違う。とても首都とは思えない。
顔付き見てると、明らかにロシア系とは違う。
それこそアキ・カウリスマキの映画の登場人物たちみたいな顔立ち。
ロックコンサートでもノリが少ないシャイな人種、というのは笑った。

アキ・カウリスマキの「レニングラード・カウボーイズ」はバンド名だけど、
ロシア人ではないとのこと。監督の創作名でもあるって。
1917年にロシア革命が起こってちょうど100年目。
今年の1月の「フィンランド・デザイン展」で、1917年はフィンランドがロシア領より独立した年だと知る。
だが、一方ロシアは何のアニバーサリーでもないのだろう。

モスクワのドモジェドヴォ空港ではコーヒーマニアというカフェで最後の食事。
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クロワッサンとエスプレッソ(カプチーノ代がなく替えてもらう;;)だがどちらも美味しい。

モスクワ⇒成田間は9時間20分。偏西風のおかげで行きよりも短縮。
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だが、この中途半端な時間が、大切な睡眠の調節を効かなくしている気がした。

二度目の機内食はとても入らなかった。固形物食べてないわ・・・
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寝られたのは正味2時間位?
リムジンバスで羽田へ移動(添乗員さんに見送られながら)、
羽田では関西行きの旅のパートナーと別れ、9番ゲートで福岡行きを待つ間、
椅子に座ってしばらくして、熟睡を通り越して爆睡。
「泥のように眠る」ってこのこと?
ハッと起きた時は、周囲に誰もいなくてフライト時刻が迫っていた。
多分、よだれもついていたのだろう、
「お休みになっておられたんですね。慌てなくて大丈夫ですよ」と笑顔の地上スタッフ。
スタッフに揺り動かされて搭乗を促されるところだった、その5分前位。
当然、羽田→福岡間も睡眠時間に利用。
それから週半ばまで時差ボケ。
夜中に突然目が覚めて寝られない、という。
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しかし「ロシア」は返す返すも面白く、反芻しながらこの先生きていけるな。
空港で写真撮っても誰も飛んで阻止しない。
トイレの便座も壊れておらず、恐る恐る入ることもない。
もう「おそロシア」の時代ではないってことね。

プーシキンの「青銅の騎士」より。
我々がヨーロッパへの窓をあけよう
ピョートルの街よ 美しくあれ
ゆるぎなく立て ロシアのように

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by seirisyunou-deux | 2017-08-03 07:45 | 旅(ロシア) | Trackback | Comments(0)
最後の晩餐@ロシア。
前菜:オリビエサラダ
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ロシア料理だが、モスクワのレストラン「エルミタージュ」でシェフを務めたベルギー人リュシアン・オリヴィエによって考案された。
なのでフランス語っぽいネーミングも納得。
ジャガイモ、鶏の胸肉、固ゆで卵、キュウリ、ニンジン、キュウリのピクルスなどの野菜を材料。
最後はマヨネーズで和える。形を作って固めてサービスするみたい。
メイン:鶏の網焼きとポテトフライ
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デザート:リンゴのタルト
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もはやどんな店だったかも覚えていない。。。
光陰矢の如しだな。

夕食のレストランからホテルに戻って来た時に、
ホテルに戻らずに、ひとり参加の子が前日に行ったというスーパーマーケットを教えてもらい、行く。
あまり広くはなく、正面玄関よりすぐに二階に上がる階段があり、
その二階にお菓子コーナーがあるので、そこでばら撒き土産を。

ロシアでのWiFiについて。
旅行前に「ロシアでは個人情報漏洩防止の為、無料WiFiに制限」のニュースを旅のパートナーが知ったらしい。
ところがいざロシアに着いてみると、すっかりそのことを忘れていて、
モスクワもサンクトも四つ星なので、当然WiFiは繋がるだろうと思っていた。
近年の韓国旅行はいつもそのやり方で、そもそもレンタルなぞ一度もしたことない。
昼間は観光や街歩きに忙しく、夜ホテルに戻って風呂上りにネット繋いでいた。

その慣例はロシアでは通用しなかった。
LINEのニュースは読めるが、トークの送受信が不可。
サンクトに移った後、メールは出来るということがわかったが、
通じないとなると、気持ちの切り替えは早く、読書や音楽を楽しんだ。
ツアーメンバーのふたりに訊いてみたが、
ふたり共、出発時にレンタルしたという。昼間もネットをしたかったので、と。
なので滞在中、全く困らなかったクチ。
ひとり参加の子はグーグルマップで、近くのスーパーに行き着いたのだろう。
そうでもないと、角を曲がって信号をひとつ渡って・・・はふらり街歩きで見つけるのは至難。

ロシアのTVもサンクトでは全く付けなかった。
韓国ではNHKのニュースなど見たりしたが、ここではオールロシア番組。

スーパーの帰りにちょっと運河のたもとまで歩いてみる。
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花の季節なのだが、運河沿いは花で飾られているわけでもないので、ちょっと寂しい。
サンクトのホテルのレストラン前の壁にかかっていた運河風景。
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モスクワのホリディインの庭に咲いていたペチュニア。
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同じくホリディインの二階レストランの入り口のアンスリウム。
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モスクワのグム百貨店内のディスプレイ。
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レーニン廟を囲むモミの木。
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クレムリンよりモスクワ川を望みながら。ここはライラックの香りが。
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ペテルゴフ宮殿の中庭。雨にもマケズ、撮りました。
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エルミタージュ美術館より中庭を望む。ガラス越しでしか見ていない。
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サンクトペテルブルクの街中公園で。
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最後のレストラン前のディスプレイ。キンセンカ、ペチュニアなど。
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マトリョーシカは菩提樹(リンデンバウム)が原料だという。
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知人はそのマトリョーシカの生誕地、セルギエフ・ポサード(モスクワ北東70km)に行っている。
そのコースが今回あったら、マトリョーシカ買ってたかな~?
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サンクトペテルブルクの御土産屋さんではマトリョーシカが充実のラインナップだったけど、
そもそも嵩張ってるし、持って帰ったところで置くところもない。
25名中、私が一番小さいスーツケースだった。
以前初夏のフランスを一週間旅した時と同じ季節、服装もほぼ同じで、
これで事足りるとは思っていた。
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フランスどころかたった三泊四日の韓国行きだってこれを使っている。
行きはがらがらだが、帰りは5個セットの韓国ラーメンなどの嵩張る食材を入れて帰るので。
というか、2個しか所有していないスーツケースのうち、
機内持ち込み用の小サイズは母親の入院用に実家に置きっぱなしだし。

とにかく一番小さくてハードタイプじゃないからか、バス下部の荷物入れの搬入も搬出も一番最後。
バスに乗り込んでも、私のスーツケースが最後までポツンと残っているので、
「ちゃんと忘れないでよねー」と念を送っていた。

で、みんな帰りはマトリョーシカ初め、お土産ぎっしりなのかなー

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by seirisyunou-deux | 2017-08-02 08:20 | 旅(ロシア) | Trackback | Comments(0)
トータル4時間で足りたかというと・・・カフェにも入りたかったが時間がなく、
列に待つ時間も含めたので、やはり出直すかな~
ガイドさんの説明を聞きながら、シャッター押しまくるも
1か月以上経った今、改めて見ると何が何だか・・・(苦笑)
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孔雀の時計のあるパヴィリオンの間。
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途中、4名の男性ヴォーカルがアカペラで歌を歌うパフォーマンスあり。
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たった1曲だったが、CDも販売しているようだ。

4名を本館に残して、残りのメンバーがガイドさんに導かれて新館へ入館。
待ち合わせ場所を決めた後は、ほぼ自由に行動出来たし、
やはりこちらの方が馴染のある画家たちばかりなので、解説も必要ないし。
そして、こちらは本館の人いきれから解放されたので気持ちよく鑑賞出来た。

印象派を見る際、シチューキン、モロゾフというふたりの人物がキーワードだ。
豪商だった二人の個人所有の絵画が、ロシア革命後ソ連により没収、
国有化され、やがて世界的に知られるようになる。
セルゲイ・シチューキン(1854~1936):モスクワの富豪
繊維業で財を成し、自宅を公開してコレクションを披露、「伝説の収集家」と言われた。
1918年にパリに亡命、長く生きた。
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ソ連時代はスターリンが絵画の価値を認めず、コレクションが分散、
彼の名前を出すこともタブーだったらしい。
モスクワのプーシキン美術館にもコレクションがあるらしい。


杏のエルミタージュ美術館ドキュメンタリーでも扱っていた、「赤の部屋」@マティス。
最初緑で描かれていたのを、赤に塗り直した形跡がある。
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購入したのはシチューキン。そもそもマティスのパトロンでもあった。
原田マハ氏の「ジヴェルニーの食卓」を春に読んだこともあって、
まだあの晩年のマティス(絵筆を握る力がなく切り絵を中心とした作品を作る)ではなく、
油の乗り切った頃の、大胆な構図の「ダンス」だなぁと思いながら椅子に座ってじっくり鑑賞した。
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           (なんでやねん、顔切れた~)
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四半世紀前にもなるが、ニースをひとり旅していて、偶然アデリア・ハザマ(硲伊之助元夫人)と出会う。
彼女曰く「マティスはケチなのよ。いろいろ世話してあげたけどお礼が猫だったのよ。
そこら辺から拾って来たかのような猫を『マティスの猫だ』とありがたく思えと」
陶器の町ヴァロリス在住だったピカソと親交もあり、
彼からもらったという魚のモチーフの絵皿(当時ピカソは陶器に夢中)も見せてもらった。
どこにあったかというと脚付きクローゼットの四本脚の中(つまり床置き)で、新聞紙に包まれていた。
これを人は「ぞんざいな扱い方」と言うんじゃない?あの天才のピカソの絵皿を!

ふたりの画家のこんなエピソードをふとサンクトペテルブルクで思い出したりした。

そのピカソは青の時代のもあり、キュビズムのもあり、
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あの時直接手で触らせて頂いた、ピカソの絵皿もある。ここではガラスケースの中だ。
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原田マハ氏「楽園のカンヴァス」も読んでいたので、
アンリ・ルソーとピカソ。
このふたりの画家の立場も頭に入れながら、ルソーの森に入ってみる。
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イワン・モロゾフ(1871~1921):シチューキンと同じく繊維業で成功した実業家。
セザンヌ、ボナールを好み、他にも140点余りの印象派を購入。
あのお菓子のモロゾフとは関係ない。
19世紀初頭、最下層農奴だったモロゾフ家はお金で身分を買い、
ナポレオンのロシア遠征の際に軍服を大量生産したことで一躍資産家となる。

ルノワール、ドガ、マネ、モネ、スーラ、シニャック、ゴッホ、ゴーギャン、レジェ・・・すごいすごい。
ただ、ロートレックの部屋をスルーしたみたいで、残念。
旧参謀本部の建物だったというが、美術館としての見栄えも考慮に入れてリフォームしたのだろう。
四階の通路から見下した階段は古代劇場っぽい。
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監視員の椅子。こんなの撮るの、私だけだろう。
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by seirisyunou-deux | 2017-08-01 08:19 | 旅(ロシア) | Trackback | Comments(0)