There Is No Place Like Home (我が家に勝るものなし)♪

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北九州小倉在住の  【ハウスキーピングDeux】のつぶやき

聖イサク寺院。
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これもイタリア人建築家アントニオ・リナルディによる大聖堂だそう。
エカテリーナ二世の勅命で。
何度かここで出て来た第二次大戦中の「レニングラード攻防戦」だが、
黄金のドームはドイツ軍にとって絶好の標的と成り得たため、ソ連は灰色に塗ったのだとか。
そしてソ連時代は博物館として利用され、ロシアになって教会として復活。
現在はドームのてっぺんを修復中。
高さ102m、面積が800平方m、収容人数は14000人の世界最大級の聖堂。
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寺院を建築するのに多くの労働者が投入された・・・というCG。
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ロシア正教ではカトリックやプロテスタントと違い、祈る為の椅子がないのだそう。
十字の切り方もカトリックと反対だという。
親指、人指し指、中指の三本を使い、額→おへそ→右肩→左肩で。
カトリックは指を指定せず全体に伸ばした状態で、額→おへそ→左肩→右肩。

ランチ。
聖イサク寺院~ランチ場所~エルミタージュ美術館の移動は徒歩で。
前菜:ボルシチ
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メイン:今見るとしょぼいが、白身魚のフライにタルタルソース、野菜の酢漬け、ロシア米(?)。
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デザート:リンゴのシナモン煮
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いよいよエルミタージュ美術館。
うーん、やはり美術館は朝イチの体力で臨みたかったが・・・

エルミタージュ(Hermitage):フランス語で「隠れ家」「遁者/世捨て人の部屋」を意味するという。
エカテリーナ二世が作らせた、「隠れ家」どころかあまりに堂々とした外観で人目を惹く。
5つの建物(小、旧、新、劇場、冬宮殿)から成る建物が本館。
エカテリーナ二世自身、ロシア人の血は一滴も混じっておらず、ドイツからお嫁入り。
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そんな彼女が故郷であるドイツの美術品を買い取ったのが、コレクションの始まり。
ロシアとドイツって何かと因縁のある二国なんだね。
ちなみに夫ピョートル三世とは仲悪かったようで、彼の死後だけでなく生前より愛人がいたらしい。

世界四大ミュージアムのひとつ。
パリのルーブル、ロンドンの大英博物館、ニューヨークのメトロポリタン。
(ルーブルしか他に制覇していない私は、まだまだ旅する目的はあるのよねー)
台北の故宮博物館も入ってたりするので、別に明確な定義があるわけじゃない。
でも紛れもなく、世界に誇れるミュージアム、それがエルミタージュ。

杏がガイドするエルミタージュ美術館のドキュメンタリーを見ていたら、
ネズミの駆逐用に猫を地下室で飼ってるというエピソードがあって、
スタッフが休憩する中庭にはこんな看板があるらしい。
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あー一匹も猫見なかったよー(T_T)

2014年12月、近接する旧参謀本部の建物を改修して新館がオープンし、印象派を中心に展示。
例えば6年前にロシアに行った知人は印象派をどこで見たんだろう?
近接であって、隣りの建物ではないので、一旦出て広すぎる広場を2~3分歩かないと、印象派に出会えない。
一歩外へ出るので、本館の再入館も不可だ。
エルミタージュに4時間を設けたツアーなので気に入ったのだが、二者択一出来る。
①後半この新館をガイドと一緒に観光
②後半添乗員付きで本館自由行動
こういうフレキシブルなところもいい。
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       (広場の馬車を撮ったら、背景の建物が新館だった) 
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 (新館から本館を遠くに見る。広場ではアクロバティックなパフォーマンスの練習中)


レオナルド・ダ・ヴィンチが2作。
10枚程の数少ない絵画のうち「リッタの聖母」「ブノアの聖母」がある。
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壁に二枚掛けられているのではなく、衝立に表裏。

レンブラントの「ダナエ」。
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これに再会するのに40数年経て、やっと観に来られました。
タイミングが悪ければ、1985年に男から硫酸をかけられ、
12年もかかった修復の為に見られなかったかも知れないし、
(その為にペットボトル持ち込み禁止だという)
まさかと思うが、福岡で見たように、どこか世界の一都市で開催される展覧会に貸し出されていたかも知れない。
ダナエ:父であるアルゴス王アクリシオスによって青銅の塔に閉じ込められたが、
ゼウスは黄金の雨になって塔に入りダナエと交わった。
そうして生まれたダナエの子がペルセウス・・・というギリシア神話がベース。
これはティッツアーノの「ダナエ」。似た構図がいくつかあるがその一枚がエルミタージュに。
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これはクリムトの「ダナエ」。
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# by seirisyunou-deux | 2017-07-30 14:43 | 旅(ロシア) | Trackback | Comments(0)
ホテル9Fで朝食。
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ひとり参加の女性と同席。彼女が「シャンパンありますよ~」と誘惑^^
「朝シャン」なんて人生初だ。これからの観光に差し障りがあるとマズいので少量。
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早くも最後の観光日。
ロシア旅行を決めた最大の目的である、エルミタージュ美術館は午後から。
それこそロシア旅行最後の観光地ということになる。

サンクトペテルブルク、見所多いなー
ロマノフ王朝の貴族の遺産や教会を、
貴族を処刑し追放したソ連がちゃっかり観光に利用(とてもスマートではないが)、
さらに開放的になった現在のロシアがうまく活用。
だって、ソ連時代初海外でレニングラードを訪問した、ツアーのメンバーさん、
「血の上の教会」が気になり、「あれは何ですか?」「倉庫です」とそれ以上の質問をシャットアウトしたらしい。
社会主義体制は宗教を禁止。政府の指令で1930年代初期に教会は閉鎖。
第二次世界大戦中は野菜倉庫、
戦後は近くのオペラ劇場のための倉庫として使用されたそうな。
1997年8月、60年ぶりに公開されて以来、観光の目玉のひとつとなる。


最初の海外旅行はフランスかイタリアが多い、とはガイドさんが伝えてくれた話。
でもパリやローマのように、歴史的にも意義があり、
なので歴史を知って街歩きをするとグンと楽しくなり、
私が大好きなポイント「水」の風景(川あり運河あり噴水あり)もあり、
歩き疲れたなら欄干にもたれて、水路を行き交う船をぼんやり眺めるってこともあり、
郊外にも見所があり(「世界ふれあい街歩き」なら「ちょっとより道」コーナーに相応しい)。
ロシア料理も「座ると自動で出て来た」メニューだがどれも美味しく、
フラッと入ったレストランでもそんなにハズレなさそう。
こんなステキな街、もう少し行きやすくすればいいのに!
とは言え、オンシーズンなので観光客はどこも込み込み。
どこもここも入場には待たされるし。

難点は冬には訪れがたいということだな。
なので夏に集中する。
知り合いは2月にビジネスクラスを往復使っても、今回の旅費よりお釣りの来るツアーで。
見せて頂いたアルバム、背景が雪だったり曇天だったり。それはちょっと寂しい。
後、キリル文字の氾濫も私には難点だ。

まずはエルミタージュ美術館のある広場へ。
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本格的な観光は午後なので、たかだが5分の停車。
ホテルの9階レストランからも遠くに見えたイサク寺院が目の前の広場へ。
ニコライ一世像(青銅の騎士)。
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勇んで踏み上げた前脚を下ろす場所がない姿は、ロシアの象徴だと皮肉られることもあるとか。
それから橋を渡って、ネヴァ川対岸のエルミタージュ全景が見えるスポットへ。
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ここに立つロストラの灯台柱:海戦勝利記念柱。
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ネヴァ川の航路の安全のために19世紀初頭に設置された。高さ約32m。

このそばのお土産屋さんではモスクワと違って、30分程ゆったり時間を取ってくれたので、
みなさんの高まっていたフラストレーションも抑えられた模様。

血の上の救世主教会。
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上が正面(出口)で、下が裏の入口。
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公式名は、ハリストス復活大聖堂。
皇帝アレクサンドル二世が1881年爆弾テロにより暗殺された場所に建てられた為、この名が。
次男であるアレクサンドル三世(長男は早逝)が弔いを込めて建築開始。
ところが完成に間に合わず、アレクサンドル三世は病死。
完成を見たのは、彼の長男であるニコライ二世。暗殺されたアレクサンドル二世の孫。
彼こそがロマノフ王朝最後の皇帝だ。
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明治時代に来日、大津で警備に当たっていた警官から斬り付けられた「大津事件」の主。
「エルミタージュ幻想」(’02)でも最後の方に4女1男の子供たちとの食事シーンがある。
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             (左から二番目がアナスタシア)
イングリッド・バーグマン主演の「追想」(’56)では、
第四皇女アナスタシアらしき記憶喪失の女性を、
ロマノフ王朝遺産がらみでうまく利用しようとする元将軍ボーニン(ユル・ブリンナー)。
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当時巷に流れていた噂を元に映画化されたが、
最終的にDNA鑑定で本物の皇女ではないと結論付けられたらしい。
ニコライ二世一家が殺害されたエカテリンブルグは現在ロシア第五の都市らしいが、
JALのフライトMAPに載ってた。
ロシア大陸を縦に四分割したとして、一番西のラインあたりだが、モスクワから飛行機で2時間半。
ロシアは広い!何度だって繰り返す!

さて。
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血の上の救世主教会・・・名前はおどろおどろしいが、ロシア正教のフォルムはやはり好き。
内部のモザイクも秀逸。
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エルミタージュ前の広場や血の上の教会出口あたりに、王朝時代のコスチュームの人々を見かける。
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「世界ふれあい街歩き」などで、時々公務員のガイドだったりするが、
どうやらここは「一緒に写真を撮ってあげて小遣い稼ぎをする」輩たちのよう。
写真を間近で撮ろうとすると、くるりと後ろを向かれる。なので望遠で。
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# by seirisyunou-deux | 2017-07-29 08:20 | 旅(ロシア) | Trackback | Comments(0)
最後に写真禁止の「琥珀の間」について。
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サンクトペテルブルクの街を作ったピョートル1世がプロイセン皇帝から送られた琥珀の数々。
1世没後、エカテリーナ宮殿を作る際、これらであしらった部屋を設けた。
現在の価値で400〜500億円以上。
壁に金箔を施し、その上から6トンとも、約10万個とも言われる琥珀。
時は流れて第二次大戦でドイツが不可侵条約を破り、侵攻した際に略奪。
琥珀は消えたが1979~2003年、24年の歳月をかけた修復により蘇った。

では略奪された琥珀は・・・?
ナチスの1人の将校とその6人の部下が36時間で持ち去ったそれは、
1945年までドイツ領だったケーニヒスベルクの美術館に飾られた。
が、イギリス空軍の空襲に遭い消滅されたと言われていた。
ケーニヒスベルクは現在ロシア領のカリーニングラードとなる。
ポーランドとリトアニアに挟まれたロシアの飛地領だ。
ところがポーランドはナチス・ドイツ時代のバンカー(軍人の滞在施設)の中に盗品が封印されてあるらしいことを突き止めた。
で・・・?その後が謎。
ポーランドは琥珀の生産において圧倒的な世界一だという。

私が持っている唯一の琥珀。二十代の時頂いたものだが、
当時使っていたバッグの開閉のジッパーの先につけて(大胆!)いたが、当然のように欠けた。
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なので今はこんな風。ずっと宝石箱の中に眠ったまま。


サンクトペテルブルク中心部に戻る時の空はすっかり晴れていた。
途中左手にプルコヴァ空港を見ながら。翌々日にはここから日本に帰る。

運河に沿って少し歩くと、夕食のレストラン。
ここは旅行の中でダントツ一位かな。
出口近くに座ったので、奥の方でダンサーたちが練習している「足音」だけがする。
昔、ツアーのオプションで
アテネで民俗舞踊を、ローマでカンツォーネを聴きながらの夕食などがあったが、
ロシアのダンス等もあったりするのかな。
ダンスが売りのカフェなんだろう、照明のなんとキッチュなことよ。
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前菜:ポテトとキャベツのサラダ
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メイン:グリバーミ(きのこのつぼ焼き)
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今でも福岡市の大名に「ツンドラ」というロシアンレストランがあるようだが(1960年創業。老舗だね)、
ここで食べたグリバーミが忘れられないが、このレストランも美味。
キノコシチューがドーム型のパンに覆われていて、パンを少しずつ崩しながら食べる。
又、食べに福岡に再訪してもいいかな♪
デザート:ティラミス
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ホテルへの帰路、右ハンドルのTOYOTA車がバスの左側で同じく渋滞で止まっていて、
ドライバーの膝に愛玩犬。
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最近、膝の上の幼い息子に運転させたバカ親がSNSにアップしたが為に逮捕されたが、
ロシアのこのドライバーは運転させてないものな^^;;
2015年に右ハンドル車の運転禁止の新法が出来たらしいけど、こちらは大丈夫?

旅のパートナーの友人は車を盗まれた過去があるそうだが、
そう言えば「日本車は売れるから」と各地で盗まれ、ロシアに大量に運ばれた・・・なんてニュースありましたね。
これはフェイク・ニュースでしょうか?

モスクワのガイドさんに、
「何故ロシアで車産業が発展しなかったんですか?」と訊いた人がいた。
ガイドさん曰く、
「ソ連時代は個人の嗜好品より、国家の威信をかけたものにお金をかけていたのです。
それが宇宙開発や核開発でした」

なので街中を走る車はドイツ、日本、韓国・・・数の順だが、この3つしか見ていない。
(いや、車には疎い私のことですから・・・(汗))
ドイツならアウディ、フォルクスワーゲン、BMW、ベンツ。
日本ならTOYOTA、日産、ホンダ、マツダ。
韓国ならKIAモータース。
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ナンバープレートに”RUS(ロシア)”とロシア国旗マークがある。
アルファベット1桁⇒数字3桁⇒アルファベット2桁
数字3桁:若い数字は外交官ナンバーが割り当てられている。
日本は:005。
001:英国、002:ドイツ、003:カナダ、004:USA・・・と。
国番号(日本は81)に合わせれば覚えやすかっただろうに。
他にも公共機関も独自の番号を持っており、
その一覧に該当しない”528”は一般車ということだろう。

チェコスロバキアを旅していた時によく見たトラバントなんて見かけない。
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あれから30年近く経つし。
でも東ドイツの友人が「(うちに来るのに)〇年待ってる」と言ってたトラバント。
ロシア国産のラーダってのもありました。
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これは私がフランスの田舎、マティスの故郷ル・カトー・カンブレジで
駅から中心部に行くのに乗せてもらったタクシーがそうだった。
「これがあの・・・」と思ったので随分前なのに覚えている。

日本と韓国は119だが、ロシアでは103。
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車窓から見下ろす位置でポリスはデータ入力。
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これも車の一種。街角(トレチャコフ美術館そば)のアイスクリームショップ。
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タクシー。・・・見ればわかるがな。
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パリにも小倉にもある公共レンタサイクルシステム。
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多分、これは「ローマ字ーキリル文字変換表」によれば”STOP”と読ませる。
信号の手前に必ずこの標識がある。
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# by seirisyunou-deux | 2017-07-28 08:09 | 旅(ロシア) | Trackback | Comments(0)
ランチは午後の観光地、プーシキンに移動して。
半地下みたいなところに25名ギュギュギューっと詰めて入れられる。
団体ツアーの悲哀みたいなものが・・・
貴族の館だったところを改修、以前は使用人たちの控室だったとか。
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前菜:カボチャのポタージュ
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メイン:ビーフストロガノフ。やはりマッシュドポテトの付け合わせ。
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量が少ないな、ストロガノフ。それに私はもっと美味しく作れた過去がある。
デザート:バニラアイスクリーム。
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店の外観より看板撮ったので名前不明。観光後、店の横を通ってバスに乗車した。
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そんな私の後姿を撮ったのは旅のパートナー。
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プーシキンという名をロシア滞在中によく聞き、眼に止まりも(ガイドブックや旅程表で)したのだが、
何せ馴染がないので、これは人の名前?それとも町の名前?
いえいえ、18世紀にツァールスコエ・セローという名で建設された町が、
詩人プーシキンの死後100年を記念して、1937年にプーシキンに改名されたとのこと。
サンクトペテルブルク市のプーシキン区。
ここもペテルゴフ同様、避暑地として活用。

先日の「Qさま!!」(TV朝日系)は「21世紀に登録されたスゴイ世界遺産」ベスト20。
これが面白かった!
「世界遺産検定1級」俳優(この肩書が^^)・鈴木亮平が解説。
世界遺産は見てスゴイものじゃなく、知ってスゴイものなんです」と力説していたが、
ペテルゴフもプーシキンも知識以前に「見てスゴイ」!!
「サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群」。早くも1990年に登録。

やくみつるが当てた「当て字」。
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これがサンクトペテルブルクだそーな。いや、知りませんでしたわ~
あの解説聴きながら、私も「世界遺産検定」4級あたりから受けてみようかなと思った。
ちなみに「世界遺産一緒に行きたい有名人ランキング」のダントツ1位は鈴木亮平だった!

プーシキンの銅像。
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エカテリーナ宮殿の入口の門構えはヴェルサイユ宮殿に似てる・・・か。
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宮殿の全体像が収まり切れない。もう傘は不要な午後。
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やっぱりキュートなネギ坊主頭。
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建物の中に入ると、入口で靴をカバーするスリッパを履くことになる。
使い捨てのペラペラの紙製。
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これを大量に注文する方が、床の掃除スタッフの人件費より安上がりなのねー

で、ここで20分程待たされる。
何故なら「ツアーとして指定された開始時刻」より早目に入ってしまった為に、
ガイドさんがガイド資格証をバッグから取り出して提示後、連れて行かれたのだ。
門の入口のところで、相手側より入館許可指示を受けたから
「ちょっと早いですが」と入れたのではなかったのか。
双方のスタッフの意思の疎通が出来てなかったのか。
四角四面な対応に旧ソ連時代の弊害が垣間見える。

ようやくスタートしたものの階段途中で待たされる。
しかしこんなところで待たされるのはNot Badね~
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「豪華絢爛」の名にふさわしい、ロココ様式の数々。
イタリア人建築家を招聘して・・・とはよく聞かれたが、
こんな豪華な宮殿を作る技術をルネッサンスの花開いた時代を経てイタリアは有していたわけだ。

緒形拳が大黒屋光太夫に扮した「おろしや国酔夢譚」('92)。
マリナ・ブラディ扮する女帝エカテリーナ2世が謁見する間がここにある。
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実際ロケもここで。そりゃそうでしょう。これをセットで再現するのは無理。
1782年の出来事だが、日本では天明の大飢饉の始まりでもあった年。
江戸時代の船頭がいきなりこんなゴージャスな「謁見の間」に通され、
カルチャーショック半端なかっただろうな。
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# by seirisyunou-deux | 2017-07-27 13:41 | 旅(ロシア) | Trackback | Comments(0)
ガイドはサンクトペテルブルク大学日本語学科の40代(?)女性、ヴィクトリアさん。
サンクトペテルブルク大学法学部出身者にプーチンとメドベージェフ。
プーチンの次女もここで日本語を学んだという。
世代も異なるし次女と同級生はないとしても、7名の日本語専攻のクラスメイトがいたと。
半分程が同じガイドとして活躍し、ひとりは日本人と結婚して北海道に住んでいるらしい。
モスクワのガイドさんが自分のプライバシーもあけすけにジョーク交えて語ってくれたのに対し、
年齢も家族構成も出身もマイクでは語ってくれず、
一貫して真面目に「ガイド」のみを。
一度ジョークめいた感じで言うことは、
「〇〇に何時頃着きますか?はドライバーが一番キライな質問です。なのでしないで下さいね」。
サンクトもモスクワ同様、車が増えて渋滞が多くなったそう。

日本語を選んだのは「あまりにミステリアスだったから」などとは、休憩時間に私らが引き出したことだ。外国語好きな人なら挑戦のし甲斐のある日本語。こちらからすればロシア語がそうだ。

プーシキンの詩も暗誦してくれた。何が何やらさっぱり内容はわかりませんでしたが。
日本人には馴染が薄いのではと思うプーシキン(1799-1837)。37歳の短い生涯。
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詩人、劇作家であり、現代ロシア語の確立者。私は一冊も読んでいない。
のちにドストエフスキー、トルストイ、チェーホフらに影響を与えた。
妻に言い寄る男に決闘を申し込み、その時の傷で2日後に亡くなった・・・なんて勿体なさすぎ。

乳児の時にはお母さんに子守歌のように詠って聴かせられ、
小学生に上がって授業で習い(ロシア語の基礎なのでしっかり暗誦させられる)、
大人になって改めて、自らの意思で詩や文学に本で、舞台で出会う。
そんな風にプーシキンとは人生で三度会うのだそう。
「狐と狸と大統領 ロシアを見る目」(小林和男氏)読んでると、
彼がロシアでインタビューした相手が、時に困るような質問だったりすると、
プーシキンの詩を暗誦して、メタファーのようにはぐらかすのだとか。

凄まじき風雨にさらされて観光。
朝食後、いつものように9時出発で、ネヴァ川に接岸された水中翼船に乗り込む。
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コロンビアのパーカーのフードを被る位のポツポツ程度の雨だったが、
ネヴァ川をフィンランド湾に向けて舵を取り、ペテルゴフへ。
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下車するあたりは雨脚も強いが風がさらに強くて、傘を斜めに差す程。
日本でも「そうそうない」ような状況で観光。
その夜、なんだか背中が凝って痛いよ~⇒傘を風に対抗して差してたから力が入ってたからだ!
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ここはサンクトペテルブルクのペトロドヴォレツォヴヌイ区にある街。
サンクト中心部から29Km離れていて、船だって30分は乗ってたが。
戦時中は前線となったため町は壊滅した。復興が終わったのは実に1990年代になってから。

壊滅させたのはドイツ軍で900日サンクトを包囲した。
「ソ連人民海軍バルト艦隊の根拠地でもあり、
鉄鉱石の輸入を北欧諸国に依存するドイツにとって同都市の占領は経済戦略上不可欠」(Wikiより)
これが「レニングラード包囲戦」。
エルミタージュ美術館のドキュメンタリーにも
絵画を市民で守って疎開させたり、
食糧補給の道を絶たれたので、市民たちは猫を食べたり・・・とある。
餓死者も多く、人肉まで売れ、まさに飢餓地獄。第二次大戦中一番死者を出したそうだ。
1944年1月にはソ連軍の攻勢によりドイツ軍は撤退する。
翌年1945年にスターリンによって英雄都市の称号を与えられた。
 
さて。
ここに何があるかというと、サンクトペテルブルクを作ったピョートル1世の「夏の宮殿」。

ツアーメンバーのひとりが「バスはどこにあるんですか?」
「バスはありません。ここから徒歩で歩いて行きます」
皆さん、観光もしていないのに既にお疲れモード。バスに避難もしたくなる。
数人「ホテルに戻りたい」と弱音を吐きもしたらしい。
いや、私も「雨の日に噴水の数々見て、何が楽しんだーっ」と泣き、入っていた。
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無垢な子供たちがはしゃぐ「ある敷石を踏むと、ベンチのある席に座ると噴水が出る」お遊び。
さてどーれだ?
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実は後ろのおじさんがコントロールしていた。雨で誰も遊ばない日も彼は後ろに座っている・・・

見所の宮殿を、傘を肩でキープしながら「とりあえず」シャッターを押す。
晴天なら撮影位置を選ぶ為にあちこち場所替えることも出来ただろうが。。。
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大柄なヴィクトリアさんがガイド中。この傘が多分、エルミータジュ美術館で購入した柄。
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一番いいのはサイトやガイドブックでちゃんと確認することだな。
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これは階段を上がって見下ろした図。室内には入ることもなく午前中観光終わり。

芝生にはカササギとリス。
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# by seirisyunou-deux | 2017-07-26 14:17 | 旅(ロシア) | Trackback | Comments(0)