There Is No Place Like Home (我が家に勝るものなし)♪

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北九州小倉在住の  【ハウスキーピングDeux】のつぶやき

海を越えた旅で見た家々①

旅遍歴の中でいろんなお宅を見せて頂いた。
フランス人夫婦(フランス、クレルモンフェラン近郊の町在住)のビル
’89年以来のお付き合いで、行くたびに二泊させて頂き、一番馴染みのある家。
私のリクエスト、「知人友人たちの家を見せてもらいたい」も毎回叶えてくれた。
彼のふたりの娘たちの家、今は亡きお兄さん夫婦の家、
小学校教師時代の同僚の家。。。
又、彼ら所有の4階建てのビルは4階(あちらでの言い方は「3階」)を
賃貸にしているので、そのひとり暮らしの間借り人宅にもお邪魔させて頂いた。
デジカメ以前の旅では、それらをここにUPする手段がなく残念(T_T)

私のフランス好きは、彼らのライフスタイルの影響大だろうな。
根っこが揺るぎないけど慎ましやかな暮らし。
写真や絵画の見せ方、
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植物の取り入れ方、
香水コレクションの見せ方、
グラス・コレクションの見せ方、
気候のいい時の中庭での過ごし方・・・
(「数独」を解いているご主人。あちらでは"SUDOKU")
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階段の隅には、奥様が薬剤師時代の(ビルの1階で開業していたが、
リタイヤ後「紅茶専門店」に賃貸)
名残の薬ビン群がセンスよくディスプレイ。

最後にお会いしたのは’06。
「そろそろいろんなものを片づけたいんだけど・・・」とおっしゃっていた。
近くに住む次女の職業が、介護福祉士。
(ダイレクトにその職業名を言われたワケじゃないけど、
奥様のつたない英語の説明を受けた上で、この職業にたどり着きました^^)。
職業柄終末に近づいたさまざまな人生を見聞きして、
親に伝えるべきこともあり、それで開眼したのではと推測。

②’93年、ニースで知り合ったおばあさんのゲストハウス
ひょんなことで硲伊之助画伯の最初の妻という女性(当時89歳)と知り合う。
彼女の家に遊びに行った後は、ゲストハウスに泊めさせてもらうという光栄に。
ニースのプロムナード・デ・ザングレを挟んで地中海が見渡せるベスト・ポジション。
買ったものの住むと税金の負荷が高い為、ゲストハウス用にしてるワケだが、
お世辞にも家具はいいものとは言えなかったし、
埃もかぶって掃除もままならない状態。
ま、本宅のゴミ屋敷一歩寸前状態よりは、スッキリしていたと言えるかな。

ピカソともマチスともブラックとも親交があった南仏サロンの女王(?)。
ピカソからプレゼントされたという、闘牛士を描いた陶器の絵皿が、
脚付シェルフの奥(つまり床置き)に新聞紙で包まれていたのを見た時は目が点。

後日「世界ふしぎ発見!」に登場したりしてビックリでした。
又、岸田今日子さんのエッセイ(彼女の父岸田國士氏と硲伊之助画伯は
親交があったらしい)読んでたら、
戦争勃発で日本に帰らざるを得なかったけど、
離婚してくれないフランス人妻がいるので、日本の愛人と一緒になれないとあって、
さらにビックリ。
「日本人画家の妻」ブランドを捨てきれなかったしたたかな女性で、
彼女と会った人のブログもさっき検索して読んでみたら、性格変わってないじゃん^^;;;;
10年後に99歳で亡くなられたとのこと。合掌。
なのでこれ以上は触れないことにします。
(あのピカソの絵皿はゴミに紛れて捨てられてないよね?)
硲伊之助
アデリア硲のその後


(Y.F.)
【整理収納 Deux】
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by seirisyunou-deux | 2011-02-07 10:14 | 旅(雑記) | Trackback | Comments(0)